消防団員与太噺
其の二
今回は転載させて頂きました。
ご冥福を心よりお祈りいたします
「たった一人で駐在さん奮闘〜「倒木を切りに行く」最後の交信〜殉職の久美浜書・比留木巡査部長」
台風23号の犠牲となった久美浜署佐濃駐在所の比留木彰巡査部長(30)=二階級特進で警部=は,あの20日,孤絶した山村にいるたった一人の警察官として,激しい風雨に立ち向かった。川のいっ水,土砂崩れ,倒木。妻に自宅をまかせて駆け回り,そして夜半,激流にのまれて連絡を絶った。装備も資材も乏しい山間で,やはり防災に身を削った消防団員に見送られ,地域を愛した駐在さんは旅立った。
地域を愛し守った!
吹き荒れる風雨のなか,暗黒の国道312号沿いでパトカーがライトを光らせたまま止まっていた。京丹後市久美浜町。市消防団久美浜第三分団の柴野嘉則分団長(40)は胸騒ぎがした。国道沿いの川は濁流となり,橋を洗い,道路は陥没している。20日午後10時20分。車内にカラーコーン(規制標識)とのこぎり,それに妻の作った弁当が残されていた。
佐濃駐在所は佐濃谷川流域の山村を受け持つ。573世帯の防災は一人の警察官と54人の消防団で担うほかない。団員は昼から土のう積みや2人1組でのいっ水巡視に追われた。
比留木巡査部長はミニパトで走り回っていた。午後4時「川がはんらんし,丸山地区で通行止め」と署に無線連絡。4時半「電線が垂れ下がっている」。さらに「下流では冠水,通行止め」「峠道で土砂崩れ」…。久美浜署も周辺が冠水,道路が寸断し,応援を出せる状況ではなかった。
午後8時。宮津方面と結ぶ国道の峠に倒木があり,巡査部長は「切りに行く」と署に連絡した。最後の交信となった。
団員は川を照らし,必死に探した。停電の町に荒れ狂う風雨と川のごう音。二次災害の危険もある。午前零時,分団長は捜索をいったん打ち切る。苦渋の決断だった。
比留木巡査部長は子供の頃過ごした丹後半島での勤務を望み,今年春,念願の駐在所に妻と赴いた。「ここは自分に合っている。自然が豊かで人のつながりが強い」と同期生に語っている。
学校の遠泳大会にボートをこいで併走し,独居のお年寄りを訪ねては安否を気遣った。通学路でハチの巣を退治し,老人会の寄席にも顔を出す。地域に溶け込もうとする姿がひしひしと伝わった。
分団の車庫は駐在所のすぐ裏手。団員が夜騒いでいると,巡査部長がギターを抱えてやってくる。同世代,同じ仲間。すぐに打ち解ける。その駐在さんが行方を絶った。団員の一人は「コーンは一人が押さえ,もう一人が周りに土のうを積んで,やっと立てられた。比留木さんは一人でたいへんだったはずだ」と思いやる。人懐っこい笑顔が浮かび,分団長は家に戻っても眠れなかった。
夜が明け,消防団と久美浜署,機動隊など120人が捜索を再開した。車庫のシャッターが開く。気づいた巡査部長の妻(27)は外に飛び出し「連れてって」と頼み込んだ。諭した柴野分団長だが,手がかりもなく夕刻,車庫に引きあげる。奥さんが待っていた。言葉が出てこなかった。
翌朝。下流約8キロの佐野谷川で,遺体は見つかった。
台風の猛威に,駐在所も消防団も,都市部の警察や消防のように整った装備で組織的に対処できない。ボランティアの消防団は若者も少なくなっている。「でも,代わりはおらんから」。柴野分団長の少ない言葉に,ふるさとを守る気概が見える。孤絶した地域で,唯一の警察官として災害に対じした巡査部長も同じ思いだったに違いない。
京都府警部比留木彰さんの葬儀は24日に営まれた。「地域の皆様にかわいがっていただき感謝します。素晴らしい人生を送れたと,彰は喜んでいると思います」。父は気丈に語った。出棺。遺影を抱え,妻が叫ぶように泣き,崩れた。
消防人だけでなく、同じ次元で働いている方はいらっしゃいます。
横の繋がりがもう少し有ったらと感じるのは私だけでしょうか?
其の一